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2016年11月20日にアーキウォーク広島が主催した旧広島陸軍被服支廠倉庫に関するシンポジウムの模様を掲載します。
旧広島陸軍被服支廠倉庫プロジェクト紹介では、冊子データのダウンロードもできます。なお、同倉庫の建築解説はこちらをご覧ください。

(1)シンポジウム開催趣旨

高田 真(アーキウォーク広島代表)

シンポジウム主催者である市民組織アーキウォーク広島の高田と申します。最初に開催趣旨と、旧陸軍被服支廠倉庫の概要についてお話します。

開催に至った経緯

きっかけは2014年に日本建築学会が実施した被服支廠の建物調査をお手伝いしたことです。調査結果を広く一般にご説明する場とあわせて、普段入れない倉庫内部の見学会を開くことにしました。昨日と今日で多くの市民の皆さんに来場いただき、関心の高さを再認識することができました。

旧陸軍被服支廠倉庫の特徴

被服支廠倉庫は、重要な被爆建物であるとともに、広島の近代史を象徴する存在です。広島が軍需をテコに都市の近代化を成し遂げたことは歴史的事実として知ってはいるものの、なかなか実感は持てないものです。しかし被服支廠倉庫の圧倒的なスケールを目の当たりにすると、広島は軍都として発展したと教科書に書いてあるけど本当に大きかったんだなと直感的に分かる。そんな場所はここしか残っていません。 また、建築史上の価値も高く、国内最古級の鉄筋コンクリートであるとともに、レンガとRCの併用という大変珍しい構造になっています。デザインという面でもレトロな外観とモダンな内部をあわせもつ独特な存在です。もっと有名になっていい建物だと思います。

シンポジウムのコンセプト

このシンポジウムは、被服支廠倉庫の価値や課題を知り、あってほしい未来を想い、共有する場です。利活用の検討は前に進まないまま20年経過しており、簡単に結論が出るものではないでしょう。ですが、この貴重な遺産を次の世代に渡すためにも、考え続けることは大切だと思います。この場が少しでもその役に立つことを願っています。

旧陸軍被服支廠倉庫の道路側外観

内部の小屋組み

日本建築学会による建物調査(2014年)

(2)旧陸軍被服支廠倉庫の経年劣化調査報告

大久保 孝昭(広島大学大学院教授)

私の研究テーマは建物の長寿命化で、建物診断技術の高度化にも取組んでいます。日本建築学会が2014年に行った旧被服支廠倉庫の調査に広島大学も参加しましたので、私見も交えながら調査結果や補強のポイントなどについてお話しします。

コンクリートの中性化とは

鉄筋コンクリートは、圧縮に強いコンクリートと引っ張りに強い鉄を組み合わせた建築材料です。鉄の弱点はすぐ錆びるところですが、アルカリ性の中では被覆を作りピカピカの状態を保てます。コンクリートはアルカリ性なので、両者はとても相性がよいのです。しかしコンクリートは空気中のCO2と反応して徐々にアルカリ性を失います。これを中性化と呼び、コンクリートの中性化は鉄筋の腐食につながるため、中性化試験は鉄筋コンクリートの劣化を調べる際に必ず行われます。

中性化の状況について

まず被服支廠のコンクリート圧縮強度を調べると、約15N/uでした。現代の建物は30〜40N/u程度ですが、当時としては標準的な強度であり、補修して使っている事例は多くありますので、ただちに危険ということではありません。 中性化の深さ(コンクリート内部のどこまで中性化が進んだか)は6〜10cmでした。これは築100年だとしても非常に大きく、このコンクリートは内部の鉄筋を保護する能力を失っていると思われます。鉄筋は、特に漏水している箇所で錆びており、磨いて再使用できるかどうかというところです。ところで、中性化深さは測定点により差が出ていますが、これは被爆時の熱風の影響と考えられます。コンクリートのアルカリ性のもとである水酸化カルシウムは約500℃で分解するので、500℃を超える環境下では中性化は一層進みます。おそらく窓が開いていた箇所と閉まっていた箇所で爆風の入り方が異なり、中性化にバラツキが生じたのでしょう。

不同沈下について

建物の沈下を調査したところ、最大15cm沈んでおり、倉庫の短手中央部の柱が下がっています。3階の柱は1〜2階と比べて細いためか、特にひび割れが生じています。間仕切り壁も下がっており、3階の床は小屋組にぶら下がった状態のようです。この推測を検証するため、建物がどう振動するか調査しました。結果、3階の床は小屋組からぶら下がっているような状態で、不安定な揺れをしています。また、3階の床が(2〜3階に吹抜けがあるため)外壁と一体化していないのも変な揺れ方をしている原因の一つと考えられます。

補修・補強のポイント

最後に、この建物を補修・補強するための提案をします。まず不同沈下対策として基礎の改修が必要です。3階の柱は巻立て補強。これはコンクリートや鉄板のほかFRPでもよいと思います。また、腐食した鉄筋を磨いてきれいな状態に戻し、中性化したコンクリートを再びアルカリ性に戻すこと。再アルカリ化は近年さまざまな技術が開発されています。雨漏りした箇所は鉄筋腐食が激しいので、抜本的な防水対策も必要です。そして、内部の吹き抜けは埋めて、3階の床と外壁を一体化させることも必要だと思います。基礎の改修が一番大変だと思いますが、いずれの対策も技術的に不可能ということはありません。 補修を行う際には、ただ建物を残すだけでなく、使ってあげることが大切です。建築学会はいつでも協力する用意があります。

(3)建物再生の専門家から見た旧陸軍被服支廠倉庫

今川 憲英(TIS and PARTNERS 代表取締役)

日本の建築の寿命は50年といわれます。私は「外科医的建築家」を標榜していますが、竣工後50年経過した建物に、どうすればもう50年の寿命を与えられるかということを目標に活動をしています。

レンガ造について

建築の構造形式は現在20種類程度に分類され、中でも組積造は特に歴史の長い形式です。古くはピラミッドなど、世界中で事例が残されています。 旧被服支廠倉庫はレンガによる組積造とRC造の組み合わせとのことですが、まずはレンガについてお話ししましょう。レンガそのものの耐久性は高く、100年を以上耐えることができます。一方で目地(モルタル)は30〜40年程度です。従って目地のメンテナンスが長寿命化のポイントになります。耐震設計としては、水平応力として1Gを基準に設計するといったことや、地震時の局部最大引っ張り応力度をレンガの割裂強度以下にすることなどが特徴としてあります。どのようなタイプのレンガ造であっても、それぞれ目標をしっかり定めることで適切な補強ができます。

横浜赤レンガ倉庫

以前構造設計を担当した「横浜赤レンガ倉庫」の改修計画についてお話しします。この倉庫は明治末期に横浜港の保税倉庫として建てられ、税関を出入りする貨物を保存する用途で、短いピッチで壁が入っていました。このプロジェクトはレンガ倉庫の内部に商業施設や450名収容のホールを作るという、レンガ造としてはかなりダイナミックなことをしています。地震に耐えるには、屋根から壁に応力が連続して伝わることがポイントです。ここでは既存屋根の鉄骨を補強しつつ、壁にエポキシ樹脂を注入しレンガと目地を一体化させることで壁を引っ張り力に耐えられる状態とする手法を採用しました。そうすることで壁を減らしながら、地震時応力がしっかり伝達する計画となっています。鉄骨やコンクリートで補強する方法と違い、大きな補強材が出てこないことやコスト面でのメリットもありました。

原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)について

みなさんご存知の原爆ドームではRCが使われていますが、地震力に対してはレンガ壁が抵抗要素です。レンガ壁はエポキシ樹脂によって補強された後、芸予地震など何度か地震に遭遇した後もレンガの破損が少なく、面外方向への強度がそれなりにあることが実証されているといえます。

旧被服支廠倉庫について

旧被服支廠倉庫は今回はじめて見ました。現物を見た直感ではありますが、RC造の屋根と、同じくRC造の3階床を一体とみなして、トラスの延長で構造設計をしたのではないかと感じました。補修にあたっては、大久保先生も言われていましたが、建物の基礎をどのような手法で改修するかが重要です。詳しい調査をしたわけではありませんが、基礎を固めた後は普通の構法で解決できると思います。一気にやるのが大変ならば少しずつやっていけばよいでしょう。横浜赤レンガ倉庫は、民間と行政が連携して取り組んだ事業でしたが、日本ではそうした体制で取り組んでいくことが必要ではないかと思います。

(4)模型ワークショップの報告

杉田 宗(建築家・広島工業大学助教)

杉田と申します。私からは今回の旧被服支廠倉庫の見学会にあわせた活動をご紹介します。

模型製作とワークショップ

まず、隣接する県立工業高校の建物をお借りして、見学会当日に被服支廠の模型づくりを行いました。スケール1/50の模型の大きさから分かるように、我々が日ごろ使っている空間とは比較にならない大きさの建物であることを改めて実感しました。 そして、できあがった模型をキャンバスにしてアイディアを書きこんでいくワークショップも行いました。出てきた意見は多岐に渡っており、広島に住んでいる人にとって、非常に思いの強い建物であると感じました。

寄せられたアイディア

アイディアをカテゴリーに分けると、大きく次の3つに分けられます。
一つめは、地域の中の旧被服支廠。見学会にも近所の方が多く来られていましたが、建物が生活の一部となっている方々にとって、地域にとってどういうことができるのか、ということをアイディアの一つの柱として考えていく必要があります。アイディアとしては「保育園託児所」や「複合型の商業施設」といった、今この地域に足りない物をこの建物をつかって作っていくという考えでした。
二つめは、広島の中の旧被服支廠。シンポジウムの冒頭からあったように、この貴重な建物をどのように広島の顔としていくのかも重要な視点です。これは地域としての旧被服支廠とは違う考えになるのかもしれません。広島の顔として、「広島工房」や「文化施設」、「修学旅行の生徒に原爆ドームと共に見てもらう」といった意見が集まりました。
三つめは、世界から見た旧被服支廠。軍艦島を訪れる観光客が増えているように、旧被服支廠が広島の顔となれば、世界に対してどう発信するかというのも一つの柱となるテーマだと思います。
やはり建物の履歴からか戦争関係が多く、「戦争資料館」「軍都広島を学習できる博物館」などが、まずあるように思えます。また、「アートギャラリー」や「台北にあるような観光要素の強い文化アートスペース」という意見が多くみられました。皆さんの様々な気持ちを集めていく媒体のひとつとして、この模型が使われていけばよいと思います。

おわりに

今回模型を作らせてもらい、空間のことがより具体的に分かったという事と同時に、手を動かして一緒に作っていく中で会話が弾み、どうあるべきかという話が色々な方とできました。まだ断片的なアイディアではありますが、とても貴重な体験となりました。

模型製作の様子

模型を現地に設置

模型に意見を貼りつけていく

(5)パネルディスカッション:旧広島陸軍被服支廠倉庫の未来を想う

今川 憲英、大久保 孝昭、高田 真、山下 和也(司会)

■山下 山下と申します。役不足ではございますが3人のパネラ―の方や皆さんのご支援のもとに進めていきたいと思います。よろしくお願いします。

模型製作・ワークショップについて

■山下 実際の建物について入る前に、いま我々の前に模型があるのですが、この模型づくりや意見集めといった活動についてご感想をいただければと思います。
■今川 模型に意見が書かれた付箋が多く貼られていましたが、その中に「筋交いはやめてほしい」というコメントがありました。今は耐震補強というとX型やハの字型のブレース(筋交い)を入れるやり方が全国一律でやられています。レンガ造は国内外で共通の建て方ではあるのですが、地域ごとのローカルな骨組を活かすことも重要だと感じました。それと次世代を担う若者からの前向きな意見が多くあったのもいいですね。
■大久保 建築の分野は大きく分けると計画系と構造系がありまして、私は構造系に属しています。この模型を作ったのは計画系の学生さんだと思いますが、とてもよくできていますね。構造系の立場から言いますと、この建物は被爆を含めた長い時を経ていますので、その証として、ひび割れや汚れの箇所を模型に描き込むとより価値が出ると思います。そのうえでこれを生きた建物に再生させるイメージを膨らませるツールとして活用できるとよいでしょう。

旧被服支廠倉庫(以下、被服支廠)の価値

■山下 先ほど高田さんから被服支廠の価値についてお話いただきました。まず被爆の実像を伝えその後の復興を支えたということ、また被爆前の地域の姿を継承する重要な被爆建物であるということでした。そして広島で一番大きな近代化遺産であり、国内に残る軍需工場の遺構としては最大級ということ。レンガの壁が連続する長さではおそらく日本一だと思います。建築上のポイントは国内最古級のコンクリート建物で、レンガとコンクリートのハイブリッドということ。今までは米軍の調査を鵜呑みにしてコンクリートにレンガが貼られていると思ってきましたが、今日決定的にそうではないと聞かせてもらいました。高田さん、何か補足があればお願いします。
■高田 私は全国各地のレンガ建物を見に行くようにしていますが、大きさでいうと被服支廠倉庫は圧倒的で、端から端まで歩くと疲れるほどです。しかも、倉庫以外の部分は高校に変わったとはいえ、敷地の大枠はそのままですから、頭の中で被服支廠全体の大きさが再現できる、そういうところが大きな価値だと思っています。

構造上の課題とそれを解決する技術

■山下 続いて、建物の構造に話を転じたいと思います。大久保先生からは建物の沈下を問題とされていましたが、今川先生からコメントいただけないでしょうか。
■今川 調査結果を見ますと、建物は不同沈下(※1)をおこしているようです。大久保先生からお話があった改善策は沈んだところを持ち上げるということでしたが、私は逆に、沈んでいないところを沈ませて改善したほうがコストも安いのではと思いました。
■大久保 今川先生のお話はまさに目からウロコです。確かにそういう方法もありますね。実は、被服支廠の調査結果について建築学会で発表した際に「建物の中央部に基礎はあるのか」という質問がかなり出ました。昔は建物の外周部には基礎を作るけど中央部は掘っ建て柱というケースもあったので。もし中央部に基礎がないなら新たに作らねばならず、大がかりな工事になります。
■今川 紹介冊子に掲載された断面図では基礎があるように描かれていますが。
■高田 断面図は調査報告などに基づいていますが、建物中央部の地下を明確に示す一次資料は確認していませんので、その部分は想像で描かれています。
■今川 もし建物中央部に基礎があるならば、基礎から下の5mくらいまでの地盤を改良して固めれば不同沈下を止めることはできると思います。
■山下 ありがとうございます。続いて、コンクリートの中性化について、改善する方法をあらためて紹介いただけますか。
■大久保 中性化を改善する「再アルカリ化工法」は建築より土木分野が先行していて、橋やトンネルを長寿命化するという目的で、国が予算を付けて研究開発をやっています。基本的にはその技術がそのまま建築にも使えます。鉄筋の錆びは電子が奪われることが原因ですので、外から電気を流して鉄筋に電子を受け取らせる方法や、表面からアルカリ性溶液を浸透させる方法で改善することになります。調査を進めなければ断言できませんが、この建物でもこれらの再アルカリ化工法は有効だと思います。もう寿命だからと建物を安易に壊すのではなく、定期的な健康診断をしたうえで、寿命を延ばせるならば生き続けられるようにすることも大切でしょう。
■今川 再アルカリ化技術で土木分野が進んでいるのは、コンクリートむき出しの構造物が多いからとも言えます。建築の場合、コンクリートの上にタイルなどの仕上げ材が貼られていることが多く、コンクリート内部にアルカリ性溶液を浸透させるために仕上げ材を剥がす手間があるため採用されにくいのです。被服支廠の場合は、幸いにもコンクリートがむき出しなので、再アルカリ化工事は比較的やりやすいはずです。

文化財としての保存

■山下 ここまでは技術について伺いましたが、ある程度のお金がかかるのも事実で、この建物を例えば文化財として保存するという考え方もあると思いますが、高田さん、いかがでしょうか。
■高田 まず、被服支廠の場合は、構造以外にも道路斜線制限に抵触しているとか、現行法規への不適合が多くあり、倉庫でない用途、例えば住宅や美術館に変更するタイミングで不適合箇所の是正が必要になります。そこで、安全に関わるところは現代の建物並みにしっかり改善したうえで、それ以外の不適合については法律の適用を外して対応する。そのための手段として、文化財指定も視野に入れておくべきと思います。
■大久保 レンガ建築の再生は全国でいろいろな事例が出ていますので、法規や文化財など、その道の専門家に来てもらって評価してもらう必要もありそうです。

保存と活用のバランス

■山下 再生に向けた具体的な意見も出てきましたが、再生する際には保存と活用のバランスをどうするかという課題があります。例えば歴史的町並みを保存している伝建地区(※2)では外観は保存しつつ内部は改装してよいとしているところもあります。被服支廠ではどう考えていけばよいでしょうか。
■高田 被服支廠の再生を考えるには、建物単体だけを見るのではなく、周辺の地域や広島全体を見たうえで、ここに期待する役割が何なのかを議論すべきだと思います。保存と活用のバランスで言うと、ここは被爆時の姿をとどめているから一切手を付けるべきでないという意見も当然あると思いますが、実際に内部を見れば分かるように、戦後の使用の中で改装されている部分もあり、それも含めて歴史だとも言えるわけです。私としては現代のニーズに合わせた用途にして新たな歴史を刻んでほしいと思っています。倉庫は4棟ありますので、この棟は保存重視でこの棟は活用重視といったように、改修の方針に変化を付けてはどうでしょうか。また、隣接する工業高校と連携した、ものづくりに特化した棟があってもよさそうです。
■今川 レンガ造の補強には ごつい補強材をつけるのではなく、レンガの目地を強化する手法もあり、技術的には可能と思います。また、三階は構造的な弱点なのかもしれませんが、小屋組と床で大きなコンクリートの三角形を作っているとも言えるので、他のレンガ建築とは違う補強方法が見つかるかもしれません。吹き抜け部分は床やブレースではなく水平に揺れないような構造を工夫して、自然光を導けるとよいと思います。
■大久保 不同沈下対策など足元の補強さえできれば、建物の再生の方向性は多くの選択肢があります。みなで意見を出し合って、この建物を何の目的でどのように使いたいかさえ決まれば、それに対応した改修は可能です。

再生の方向性やポイント

■山下 先ほど発表のあった杉田さんは「地域・広島・世界」というキーワードを挙げておられましたが、被服支廠の未来を想う中で、その再生の方向性やポイントとなる点について、アイディアレベルで結構ですのでご意見をいただければと思います。
■今川 突飛な案かもしれませんが、例えば世界中の有名な絵画を持ってくるのはどうかと。徳島に大塚国際美術館というのがありますが、数々の名画を陶板に複製したものを展示していて、入場料は三千円だそうです。要はコピー画なのですが、劣化しにくいので厳密な温度湿度管理もいらず、従来の美術館よりも自由な鑑賞ができます。
■山下 ありがとうございます。会場からもご発言があればぜひどうぞ。
■参加者1 質問です。爆風で曲がった扉とかを残したままで中に人がいても快適に過ごせる温度調節とか、壊れている部分を残しながら中を活用することはできるのでしょうか。
■今川 鉄は放置すると錆びて朽ちますので、何らかのコーティングが必要です。横浜レンガ倉庫の場合は、残すところと、残しながら活用するところを使い分けており、被服支廠についても積極的な活用を目指すなら全ての扉を今のまま残すのは難しいかもしれません。
■参加者2 広島は日本初の住民投票をやって平和記念都市建設法を制定し、復興を進めてきました。被爆者をはじめとして核の悲惨さを訴えたことで、広島は核戦争をおこさせないという大きな役割を果たしました。ですが、広島は核戦争だけでなく世界のあらゆる紛争を防ぐ提案をする役割や影響力があるはずなのに十分にはできていません。私は被服支廠の建物は広島が更なる役割を果たすための拠点になるのではと思っているのですが、いかがでしょうか。
■高田 私は生まれも育ちの広島の町中ですので、ご意見には共感します。思っていることを一つ述べますと、平和記念公園は被爆地広島の情報発信の中心なのに8月6日の式典以外で利用されることはなく、設計した丹下健三が掲げたコンセプト「平和を創る工場」といえるほどの積極的な役割を果たせていないという問題意識を持っています。そこで、被服支廠をよりクリエイティブに、平和を創る場へと再生させるのは広島にとって大きな意義があると思えるのです。具体的には、アーティストを呼んできて、倉庫内で広島をテーマとする作品を制作してもらい、できあがった作品は倉庫内で展示したり、世界中を巡回させたりする。古い工場や倉庫をアートセンターに改装するのは世界中で行われていますが、被爆建物となると世界唯一のはずで、広島のこの場所でしかできない作品づくりは大変な強みになるしアピールにもなる。市民や観光客がその作品や創作風景を見に来てくれれば地域の活性化にもなります。お金の問題はありますが、広島が平和記念都市建設の中でやってきたことを継承し発展させる、そういう大きな考え方を持つことも大切ではと思います。
■大久保 いま高田さんから提案された活用アイディアも含め、皆が愛着を持って繰り返し来てお金を払ってもいいという魅力ある空間にすることが大切です。そのためなら構造補強から鉄扉の保存まで、技術者はリクエストに応じるべきだし、その技術はすでに持っているということは僭越ながら断言させていただきたいと思います。
■今川 広島と長崎に原爆死没者追悼平和祈念館という建物ができましたが、両方とも地下にあって、三々五々行けるような空間ではなく、厳粛な場としてデザインされています。それは一つの考え方ですが、親しみを持てる場も必要だったのではと感じます。被服支廠には、親しみやすくて、かつ誰もが一度はそこに行くのだという場が生まれるとよいのではと思います。
■山下 3人のパネリストから、被服支廠には様々な価値があること、保存方法も私たちの想像以上に様々なやり方があること、そして保存に必要な技術は既にあることを学びました。保存活用にはお金も時間もかかるのが大きな課題ですが、被服支廠の再生は大きく人類のスパンという中で考える必要があるのかなと感じました。そのためにも、このシンポジウムを含めて市民が語りあう機会が様々な場でできることが大切と感じたところです。本日はありがとうございました。


※1−広島の市街地は柔らかい砂地であるため、重量のあるレンガ建物は徐々に地面に沈み込む。特に建物の一部だけが沈む(不同沈下という)と建物が傾いてしまい、構造上の問題となる。現代の建物は硬い岩盤まで杭を打ち込んで支えているが、大正時代ではそのような長い杭は技術的に難しかった。被服支廠倉庫は百年という時間をかけて不同沈下が進行しており、構造補強にあたっての課題となっている。
※2−伝統的建造物群保存地区


プロフィール(登場順)

高田 真・たかたまこと
アーキウォーク広島代表。専門分野は都市計画。広島の建築の魅力を内外に発信している。

大久保 孝昭・おおくぼたかあき
広島大学大学院教授。専門分野は建築材料・生産。九州大助教授、建築研究所建築生産研究室長・上席研究員等を経て現職

今川 憲英・いまがわのりひで
TIS and PARTNERS 代表取締役。専門分野は建築構造。東京電機大教授等を経て現職。多数の建物の構造設計を担当。

杉田 宗・すぎたそう
建築家、広島工業大学助教。専門分野はデジタルデザイン。地元の建築家やデザイナーと共にTREES Work Sessionを主催。

山下 和也・やましたかずや
株式会社地域計画工房取締役。



このシンポジウムを含めた、旧被服支廠関係の内容をまとめた紹介冊子のデータをダウンロードできます。
冊子データ(PDF 50MB)
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